総務省の令和7年版情報通信白書によると、日本企業が生成AIの導入で挙げた懸念でもっとも多かったのは、「効果的な活用方法がわからない」でした。情報漏えいでも費用でもなく、「何に使えばよいのか」がいちばんの壁になっています(出典:総務省 令和7年版情報通信白書「企業におけるAI利用の現状」)。
社内でAIに懐疑的な社員がいるとき、その多くはAIに反対しているわけではありません。自分の仕事のどこに使えるのかが見えていないだけです。この記事では、製造業でAIを社内に定着させるために、懐疑的な社員の本音を4つに分け、それぞれに効く進め方をまとめます。
AIに懐疑的な社員の本音は、4つに分けられる
「うちの社員はAIを使いたがらない」というご相談を受けたとき、当社ではまず、その理由がどれにあたるかを一緒に整理します。理由によって、効く対応がまったく違うからです。
| 本音 | よくある言い方 | 効く対応 |
|---|---|---|
| ① 何に使えるかわからない | 「便利なのは分かるけど、自分の仕事には関係ない」 | その人の業務で、実際に動いているところを隣で見せる |
| ② 間違えるから信用できない | 「この前、でたらめな答えが返ってきた」 | AIには下書きと1次チェックまでを任せ、確認は人が行う分担を決める |
| ③ 情報が漏れそうでこわい | 「図面や売上を入れて大丈夫なのか」 | 入れてよい情報・だめな情報を1枚のルールにして配る |
| ④ 覚える時間がない・仕事がなくなりそう | 「忙しいのに、また新しいことを覚えるのか」 | いちばん面倒な作業を1つだけ減らすところから始める |
白書の調査でも、懸念の1位が①、2位が③にあたる「社内情報の漏えい等のセキュリティリスク」でした。③の考え方は、AIに売上や顧客情報を入れていい?情報の種類別の判断表にまとめています。以下では、いちばん多い①を中心に進め方を説明します。
全員を集めたAI研修だけでは、定着しにくい理由
AIのセミナーや研修に参加すると、文章を書かせる、画像を作らせる、ホームページのたたき台を作らせる、といった実演は見られます。けれども、製造業の現場や事務所で働く人が見たいのは、自分が毎日やっている作業がどう変わるかです。
当社がお客様の話をうかがっていても、「AIがすごいのは分かった。でも結局、うちでは何に使えるのか」という段階で止まっている会社が多くあります。AIで社内の仕組みを作り上げた会社は、まだメディアの取材を受けるほど珍しい存在です。身近にお手本がないので、自分の業務と結びつきません。
研修が無駄なのではありません。研修は「知る」ための場で、「使い続ける」ためには別の仕掛けが要る、ということです。
AIの定着は「使いこなしている人の隣」から広がる
当社は、AIが社内に広がるきっかけは、研修よりも「隣の席の人が使っているのを見ること」だと考えています。いつも時間のかかっていた作業を、同僚が短い時間で終わらせている。それを目の前で見れば、懐疑的だった人も「それ、どうやったの」と聞きたくなります。
ですから、多くの社員に一度に教えるよりも、AIを使いこなしている人を先に1〜2人つくり、その人と一緒に働く時間を増やすほうが近道です。教える側も、相手の業務を知っている同僚なので、「この帳票ならこう頼めばいい」と具体的に伝えられます。
公開されている事例でも、同じ進め方が見られます。石川県金沢市の岡田研磨株式会社は、生成AIとの対話で社内の管理システムを内製した会社です。中小企業白書では、若手の推進チームが先に試してから全社へ広げたこと、現場の意見を集めて改善を続けていることが紹介されています(出典:中小企業白書2026 事例2-2-14、中小企業庁)。最初から全員ではなく、小さなチームから始めています。
最初の1業務の選び方:「面倒で、間違えやすい作業」を狙う
懐疑的な社員に最初に見せる業務は、選び方が大切です。派手な使い道より、本人が「正直、面倒だ」と思っている作業を選びます。
| 最初の1業務に向いている | 向いていない |
|---|---|
| PDFや紙の内容をシステムへ手で入力する作業(時間がかかり、入力の間違いも起きやすい) | 見積金額や納期の決定など、経験による判断が中心の仕事 |
| 毎週・毎月くり返す集計や報告書づくり | 年に1回しかない作業 |
| メールの文面や案内文の下書き | 間違えるとすぐに取り返しがつかない作業 |
| 本人が「誰かに代わってほしい」と思っている作業 | 本人が誇りを持っている、腕の見せどころの仕事 |
とくに最後の行が大切です。ベテランが誇りを持っている仕事からAIに置き換えようとすると、④の不安が強くなり、反発を招きます。面倒な作業を減らして、腕の見せどころに使える時間を増やす。この順番で進めると、AIは「仕事を奪うもの」ではなく「雑用を引き受けてくれるもの」として受け入れられます。業務ごとの実例は製造業のAI活用事例|見積・図面・日報・技術継承の実例を、どこまで任せられるかは製造業の業務自動化はAIでどこまでできるか|3つの段階をご覧ください。
懐疑的な人にこそ、AIの「確認役」を頼む
②の「AIは間違えるから信用できない」という人は、じつは定着の強い味方になります。AIの出力は、最後に人が確かめる必要があります。間違いに気づけるのは、その業務をよく知っている人だけです。
「AIを使ってください」と頼むのではなく、「AIが作った下書きに間違いがないか、見てもらえませんか」と頼んでみてください。疑いの目で見ることが、そのまま役割になります。確認を続けるうちに、AIの得意と不得意が分かってきます。それが、自分でも使ってみようという気持ちにつながります。
AIの社内定着で避けたい3つの進め方
- 利用を義務にする・回数を目標にする:使うこと自体が目的になり、役に立たない使い方が増えます。目標にするなら「減った作業時間」にします。
- ルールを決めずに「自由に使って」と任せる:③の不安がある人は、何も入力できなくなります。入れてよい情報を先に決めるほうが、かえって使いやすくなります。
- AIの間違いを、使った人の責任にする:一度でも責められると、誰も使わなくなります。確認の手順を決め、間違いは手順の見直しで直します。
製造業でAIを定着させる3か月の進め方
- 1か月目:使いこなす人を1〜2人つくる。社長や事務の担当者など、くり返しの作業を持っている人が向いています。入れてよい情報のルールも、この時期に1枚にまとめます。
- 2か月目:面倒な作業を1つ、AIで回してみせる。その作業を担当している人の隣で、実際の書類を使って行います。確認役は、懐疑的な人に頼みます。
- 3か月目:うまくいった手順を書き残し、次の1業務へ広げる。頼み方と確認の手順を残しておくと、ほかの人も同じようにできます。手順の残し方は製造業の社内ルールをAIに覚えさせる|CLAUDE.mdの書き方で紹介しています。
白書によると、日本の中小企業では、生成AIの活用方針を「明確に定めていない」という回答が約半数を占めています。方針といっても、大げさなものは要りません。「誰から始めるか」「どの作業から始めるか」「何を入れてよいか」の3つを決めれば、それが最初の方針になります。
よくある質問
Q. 社長だけがAIを使っていて、社員に広がりません。
社長の使い道(経営の相談や文章づくり)は、社員の業務と離れていることが多いです。社員の業務の中から面倒な作業を1つ選び、その人の隣で一緒にやってみるところから始めてください。社長が使い始めた会社の様子は製造業の社長がClaude Codeを使い始めた|導入の実際でも紹介しています。
Q. パソコンが苦手な社員でも使えますか?
チャット型のAIは、話し言葉で頼めるので、Excelの関数を覚えるよりも入りやすい道具です。全員が使いこなす必要もありません。使う人と、結果を確認する人に分かれても、会社としての効果は十分に出ます。AIの基本は製造業の社長が知っておくべきAIの基本にまとめています。
まとめ:AIの定着は、1人の隣から始める
AIに懐疑的な社員の多くは、反対しているのではなく、自分の仕事での使い道が見えていないだけです。全員に一度に教えるより、使いこなす人を先につくり、面倒で間違えやすい作業を1つ、隣で回してみせる。疑い深い人には確認役を頼む。この順番で進めると、AIは無理なく社内に定着していきます。
当社では、製造業のお客様向けに、AIの導入から業務への組み込み、社内への定着までをAI活用支援として行っています。お客様の実際の業務を題材に、一緒に手を動かしながら進めます。お問い合わせはこちらから。